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【Re-Bone Wallet 製作秘話ーその1】

 

 

【Re-Bone Wallet /製作秘話ー1】<出来上がるまでの道程その1>

 

 

エキゾティックレザー(エキゾチックレザー)に製品としての生命への愛を…その為の骨子と成り得る何か?を模索していました。

 

 

*エキゾティックレザー(エキゾチックレザー)の組合せ

*独自のオリジナルデザイン

*エキゾティック(エキゾチック)レザーを通した他者との関わり合いの表現

*文字通り“ここにしかないもの”

 

 

そんなコンセプトのもと新しいお財布のデザインを考えている中で時に辿り着いたのは

 

【他者との関わり合いを具現化した収納具】

【文字通り財布を折半し自分以外の誰かとそのデザインを共有できる財布ーシェアウォレット】

【最終的なデザインをお客様の手によって完成させることができるお財布’ でした。】

 

 

+Re-Bone classics long wallet(長財布テジュー艶(茶))

 

早速、職人さんに相談して製作方法なども含めて二人で意見交換をしながら、ラフなどでイメージを絞っていきました。

そして、Re-Bone wallet のプロトタイプ(試作品)第一弾のたたき台として、classics から長財布を選定。

 

シンプルな長財布をたたき台に、<着脱財布>Re-Bone Wallet の製作に入りました。

 

 

 

 

Re-Bone Wallet・着脱財布(シェアウォレット)のプロトタイプ(試作品)の製作と同時に、財布に留まらない“収納具全般”として特許出願も並行しておこなっていたので、それらの書類作成のための図案を含めて、考え得る限りの部材や連結部材、形状に至るまでを書き出していって、シンプルにして実現可能な長財布を、そして連結部材にオープンファスナー(エクセラダブル)を第一弾として決定しました。

 

 

 

そして出来上がった Re-Bone Wallet プロトタイプ(試作品)第一弾になります。

 

カロング迷彩柄の吟スリをアウターに、インナーには牛革を使用して製作されました。

 

 

ベロなしの薄手の長財布です。

オープンファスナーには、エクセラダブルの、ミックスとアンティークシルバーを使ってみました。

 

使い勝手や、ファスナーを含めた耐久性など調べる為に実際に使用しながら改良点などを書き出していきます。

 

画像を見てお分かりいただけますが、通常の(革の)長財布と比べてのメリットとしまして、ほぼ360°の開閉が可能な点があげられるかと思います。

革の長財布でも当然、長く使っていただく事によって開閉もしやすく使い勝手も良くなってきますが、中央部分にファスナーを使用する事によって使い始め当初から開閉時のストレスがなくなりました。

 

お互いを組み替えた状態です。

実際に製品が出来上がったので、長所や短所など気が付いた点や効能(?)などメモしたものが、よりリアルな意見としてイメージを膨らませるのに役立ってくれたので、とても助かりました。

 


 

シンプルな薄型長財布の試作品が完成したので、第二弾は薄手の長財布の対局に位置する、厚みのあるオールレザー長財布(ベロ付)の製作をすることに決定しました。

 

使い始め当初から開閉しやすいので、鞄などに入れているときに開いてしまわないようにベロ付にしたのでした。

 

 

ダイヤモンドパイソンF/C(艶ナチュラル柄)とダイヤモンドパイソンB/C(マットチョコシルバーパール)をアウターに使用して製作。

 

インナー収納部にはカロング(マット黒半艶)を全面に使用して、裏地として牛サドルレザーで製作した為に相当厚みのある長財布になりました。

 

 

*お互いを組み替えたファスナー付近の画像です。

 

色違いのエクセラファスナーを組合せた感じなどもチェックします。

出来上がりとしては相当満足のいくものとなったのですが、ここで問題点(!?)が発覚します。

 

 

 

 

出来上がった時点で完成形となってしまったのです。

 

財布は、カードやお札や小銭などを収納する為の小物なので、それらを入れるだけの空間 ‘遊び’ がなさ過ぎたのでした。

オールレザーの長財布は、革に革を貼り合せて製作するので、思いのほか厚みが出てしまうのです。

 

通常の長財布でしたら、それでも革は伸縮するので使い込んでいくうちにその人色のカタチとなっていくので大丈夫なのですが、布地はそれ程伸縮しないのでファスナー部分に負荷がかかってしまい現状のエクセラのオープンファスナー幅では、ちょっぴり窮屈になってしまったのでした。

 

 

 

 

 

薄型の長財布で進めていくのか?

厚手の長財布でファスナーの布地の幅が広いものに変更して進めていくのか?

 

非常に悩むところではありましたが、その2に続きます。

 

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【Re-Bone Wallet /特許出願編】

 

 


 

 

*Re-Bone wallet / リボーンウォレット ショップページはコチラ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


【Re-Bone Wallet /特許出願編ー∞“感謝の気持ち”<恩返しと恩送り>】

 

【Re-Bone Wallet /特許出願編ー∞“感謝の気持ち”<恩返しと恩送り>】

 

 

【感謝の気持ち】<恩返しと恩送り>

 

新しい審査官との面接で、手ごたえを感じた旨と共に審査官の方からいただいたアドバイスなども含めて一部始終を“Mさん”にご報告して明細書の読み直しと訂正の毎日です。

 

【請求項】を補正しなければならず、呼応している明細書も補正して補正した箇所には下線をひいて、何度も読み直しては補正の繰り返しでしたが希望の光が見えてきたので、辛くは感じませんでした。

 

ゴールに向けて最終形態を見据えて煮詰めていく作業。

 

お忙しい合間を縫って“Mさん”から補正案や補正する際の注意事項などを教えていただきながら期日前に間に合うように補正書を仕上げていきました。

 

その際も非常に些細な疑問や稚拙な質問なども“Mさん”に質問させていただきましたが、全ての問いかけに対して快く返答してくださったことも大変有り難かったです。

 

 

そしてついに7月15日(金)完成した【補正書】と【意見書】を手に特許庁に持参して提出。

 

 

帰り道はやはり日枝神社に参拝とご報告をして、階段の上から赤坂の街をボーっと眺めながら

 

この時は、‘やれることは全てやり尽くした’ ので後悔や未練といった感情はありませんでした。

唯々肩の荷がおりてホッとしたような….そんな気持ちでいました。

 

 

 

 

審査結果は、数週間程度で送付されると伺っていたのですが、一か月経っても送られてくることがなかったので、少しだけ不安な気持ちになりました。

 

もしかしたら、何か不備が見つかったのか?それとも?・・・・

 

 

そんな頃に不思議な夢を見ました。

 

以前母が住んでいた家の近くにお地蔵さんがあり、いつも行くとそこでお参りしていたのですが、夢の舞台はそのお地蔵さんがある非常に狭い石畳でした。

そこで三匹の魚の神様が何者かと戦う夢で、3対3の戦いでした。

魚の神様の一番手が相打ちで、二番手が健闘して相手のボスを引きずり出そものの、もう少しで勝てそうなところで負けてしまいます。

最後に残された魚の神様が瀕死のボスを打ち取って終わるのですが、相手方の3匹と神様の味方2匹が、天に昇っていくのを自分が見つめているところで目が覚めました。

 

 

何となく良いことが起こるような予感を感じました。

 

 

8月も終わりを告げた9月8日に特許庁からの郵便物が届きます。

 

 

淡い期待と共に、前回の時の記憶が甦ります。

 

 

 

 

深呼吸をして気持ちを落ち着けて開封すると、そこには【特許査定】の文字がありました。

 

何度読み返しても【拒絶理由通知】の文字はなく【特許査定】と記してありました。

 

 

この時ばかりは感無量というか、やっと辿り着けたという達成感と、“Mさん”への多大なる感謝の気持ちと……素直に嬉しかったです。

 

 

さっそく“Mさん”に、特許査定のご報告と共に、言葉では言い尽くせぬ程のご尽力を頂いた事への感謝の気持ちを伝えさせていただきました。

 

“Mさん”からは

『特許査定やっと来ましたか。少し時間がかかっているので心配していました。

 なにはともあれおめでとうございます。』

 

とのお言葉をいただいて恐悦至極でした。

 

 

 

 

 

大変お世話になった“Mさん”に今まで何の御礼もできていないので御礼をさせて下さいと申し出たところ“Mさん”から

 

『ご報告ありがとうございます。

 

 お礼などお気遣い無く。御社の事業が順調に発展することが何よりです。』

 

とのご返答をいただきました。

 

 

“Mさんと出会うことができたこと” そのことがまさに奇跡なんだと思います。

 

弁理士会館で初めてお会いしたとき、Mさんが『請求項を僕が考えてあげる』と言った理由について、“請求項以外の明細書の部分がしっかりとしていたから”だと仰られたことがあるのですが、【発明会館】【弁理士会館】でお会いした方々から頂いたアドバイス一つひとつを、必ず明細書に反映させていたことが少しずつ実っていたのかもしれません。

ド素人が作った明細書がプロの方々のご意見を頂戴して、その都度明細書を書き直していったことによって少しずつ当初よりはマシなものになっていったのかな?…と思います。

 

もちろんそれ以上に、“Mさん”の人間的な寛容さがあってこそのご提案であったことには言葉に尽くせぬ感謝しかございません。

 

 

一つとしてムダな出会いはありませんでしたし、そのどれが欠けても結果は違ったものになっていたかもしれません。

 

“Mさん”へのご恩返しも、もちろんですが、あの時の自分のように何かのアイディアを思いついた方、何かを始めたいと思いながらも迷っている方が最初の一歩を踏み出すキッカケ、若しくはヒントになってもらえれば….そう思って、この特許編を執筆した次第です。

 

 

 

 

最初は自分の頭の中だけにしかなかったものが、最初の一歩を踏み出したことによって出会う全ての方々に支えられ、助けられてここまでくることができました。

 

今まで出会えた方々の誰か一人が欠けても結果は違ったものになっていたかもしれません。

 

人間はひとりでは何もできないことを教えていただきましたし“Mさん”の存在がなければここまで辿り着けることは出来ませんでした。

 

 

これを99999人の方が読んでも、何の参考にもならないし、つまらなく感じるかもしれません。

 

でも、いつか誰かの背中を押すキッカケ、何かのヒントになってもらえればと思っています。

 

 

 

【特許査定】の通知から一週間後の2016年9月15日に、特許庁へ行って特許料の納付をしてきました。

 

とうとう特許の権利が実現した日です。

 

 

2007年に他界した父の命日である“中秋の名月”がこの年は9月15日だったので、生きているうちには何の恩返しもできずにいた父への、せめてもの感謝の気持ちでこの日にしました。

 

そして今まで何度となく通った【発明会館】や【弁理士会館】を辿りながら、今まで出会いお世話になった方々への感謝の気持ちや、その時のことなどを思い出しながら歩いて特許庁に御礼を告げると、いつもの道を辿って日枝神社へ。

 

階段を踏みしめながら上って参拝、今までの御礼とご報告をすませて、日枝神社の階段から今までのことを想い出していました。

 

 

 

【特許取得を絶対目標】としていたのには理由がありました。

 

2007年に父が亡くなり母が代表を引き継いでいた会社でしたが、父の代の売り先の会社社長の突然死による売掛金の未回収や、フロリダに展開していたアリゲーターの皮鞣し工場の失敗による負債が残されていました。

 

父が亡くなってから暫くの間は、母とは会社の経営方針の違いなどからの対立もありコミュニケーションもままなりませんでした、ある日詳細を知り父の作った会社と、母を護るための“傘”として考えたのが特許でした。

 

かといって当時は弁理士に依頼できる状況ではなかったので、‘自分でやるしかない’ そう思って最初の一歩を踏み出しました。

 

 

その後、様々な方々との出会いがありアドバイスやアィディア、叱咤や激励などをいただき、その出会い全てが血と成り肉と成っていきました。

(弁理士会館でお会いしたときに “Mさん” にだけは自分の置かれている状況を打ち明けていました)

 

 

ホームページ制作と特許書類作成、製品のデザインなどを並行して行っていたのですが、そんな自分を見て母が変わっていくのがわかりました。

 

お昼ごはんを買いに行く時間も惜しんでいた自分のために、お弁当を買ってきてくれるようになり、お互いに少しずつコミュニケーションを図るようになってきて、本当に良い雰囲気になりかかっていた…そんな矢先に母の末期ガンが宣告されたのです。

 

 

母が、がんの宣告を受けるほんの数日前に、チラシをみて買ってきてくれた最後のお昼ごはん “キジ丼” を食べた、あの日のことは一生忘れないでしょう。

 

 

自分もショックでしたが、誰よりも母の受けたショックは計り知れないものがあったと思います。

 

『なんで私が・・・』そう呟いている母がいました。

 

 

 

 

“姉や兄と相談して最終的な治療方針の決定をして欲しい”と母から任された自分は、気休めでも良いからとガンについて勉強し民間療法を検索したり、ガン治療についての病院などを探して病院を訪ねたりしながら、入院中の母のもとを1週間に3、4回ほど訪ねていたのですが、この頃が一番コミュニケーションを取っていました。

 

その昔…15年ほど前に父に、ジンバブエに象皮の落札に同行させてもらったことがありました。(思えばこの旅行が父との最後の旅行となりました)

象皮の落札後ビクトリアの滝を二人で見に行き、帰国した時に母が“ギランバレー症候群”で入院していたことがありました。

 

ガンもですが、人間の免疫力に“深呼吸”が効果的だと何かに書いてあったので、自分が母にそのことを伝えた翌日、病院に行くと母が嬉しそうに“深呼吸ができたこと”また“深呼吸をすることの気持ち良さ” “ギランバレーの発症以降、深呼吸をしていなかったことを、深呼吸をしてみて自分で理解してビックリした”…などのことも話してくれて嬉しかったことを覚えています。

 

病院に行くといつも“母を笑わせること”ばかり考えていましたが、お互いに笑いながら話しもできたので、短かったけれどある意味幸せな、良い時間を過ごすことができました。

 

“Mさん”への感謝も度々口にしていました。

 

 

 

でもそんな母も、もう居ない・・・

 

“傘”は、やっと手に入れられたのに、その“傘”で護る人はもういないんだな・・・

 

そんなことを想いながら。

 

 

『ごめんね、間に合わなかった・・・』

 

 

そう呟いたときに

 

 

 

『これからはその傘で子供たちを護ってあげて』

 

 

そう言われたような気がしました。

 

 

 

ちょっぴり切なさが晴れた気がした2016年9月15日 “中秋の名月” の日のことでした。

 

 

 

 

終わり

 

 

 

 

【最後に】

 

今回の特許取得にあたって “Mさん” を始めとして自分のわがままを聞いて製作していただいた職人さんや協力してくださったファスナー屋の社長、何も知らなかった自分に対して寛容に接してくださった特許庁の方々、審査官の方々、【発明会館】の方々、【弁理士会館】の方々、応援して激励の言葉を掛けてくださった友人知人の皆さま、その他関わり合った全ての方々に御礼と感謝申し上げます。

 

自分ひとりでは何もできないのだということを教えていただきました。

 

本当に有り難う御座いました。

 

 

 

最後になりますが、沢山のメールのやり取りをしていただいた “Mさん” から送って送って頂いた文章の一部を抜粋して記載させていただきます。

 

いつも『こんにちは、がんばってますか』で始まるメールに、どれほどの勇気と希望をいただいていたことか計り知れませんでした。

本当に“Mさん”からのメールは感謝の言葉が見つからぬ程に感じておりましたし、自分の活力でした。

 

◆“Mさん”の貴重な財産であり、私自身の貴重な財産の一部であると認識しておりますが、“Mさん” にお世話になった自分がいたから現在の自分が存在できているのだと思っています。

(Mさんから掲載のご許可をいただいております)

 

もしもご自分で道を切り開こうとしている方がいらっしゃったなら、些細なヒントにでもなればと思ったので掲載させていただきます。

 

 

 


 

こんにちは。がんばってますか。

 

○請求項に対応する文言はほぼそのまま、全請求項につき【課題を解決するための手段】の項目に記載してください。

(例)

第1の発明は、・・・を特徴とする収納具である。

・・・・・

3の発明は、前記第1または第2の発明において、・・・したことを特徴とする収納具である。

 

その他、以下のような明細書を記載するうえでのセオリーがあるので、これを参考に明細書を記載してください。

① 請求項に上位概念で記載した構成(本発明の場合は「連結部材」「収納部」など)は実施の形態(または実施例・・・本発明ではどちらでもよい)の説明にて必ず具体例を2つ以上例示すること。

たとえば「連結部材」としてファスナーしか記載していないと、審査官から「連結部材では抽象的なので請求項の記載をファスナーに限定せよ」のような補正指令を受けてしまうことがあります。実施するかどうか、実用的かどうかはこの際度外視して、たとえば連結部材であればホック式、スライドレール式、磁石式など、思いつく限り具体例を挙げてください。

② 【発明の効果】の記載について。この項目には本発明の基本的な効果のみを記載すればよいが、請求の範囲に記載した各請求項の構成による効果は実施の形態のところでできるだけ(考えつく限り)記載すること。

③ 実施の形態での具体的構成はできるだけ図面を使って説明すること。

出願後の明細書の記載を補正することは現行法では厳しく制限されており、最初に提出した明細書や図面に記載していなかったことは(効果なども)、いっさい追加することができません。ただし図面にしっかりと描いてあれば、万が一言葉が足りなかった場合にその図面を根拠に書き加えることが可能になります。

④ 請求項と実施の形態による具体的構成とが1対1で対応している必要は無いが、実施の形態の記載で請求項の内容と効果がすべて網羅されるように注意すること。

 

こんなところです。これを参考に明細書をひととおり完成させてみてください。

健闘を祈ります。


 

上記抜粋部分は、沢山のやり取りをさせていただいていたほんの一部ですが、“Mさん” の存在がなければ結果は違ったものになっていたであろうことは想像に難くありませんでした。

 

 

 

■長くなってしまいましたが最後までお読み頂き、有難うございました。

 

 

 

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Re-Bone Wallet が出来上がるまで

 

 

 

 


【Re-Bone Wallet /特許出願編ー12“最後の面接”<ひとりではない>】

 

 

【Re-Bone Wallet /特許出願編ー12“最後の面接”<ひとりではない>】

 

【最後の面接】<ひとりではない>

 

返答期限のリミットは “7月19日”

 

気持ちも時間もギリギリの状況でしたが、7月4日“Mさん” から【反論趣旨】と【補正書案】が送られてきます。

 

その時に『ぎりぎりになってしまいましたが、できれば審査官と面接し、補正案の可否につき意見をもらい、以下の反論で納得できそうか感触を当たってみてください。今回の補正が不適切である、あるいは反論が納得できないという感じであれば権利化は難しいと思います。』

そう書き添えられていました。

 

早速その日のうちに特許庁に電話して審査官の方をお願いすると、受付の方から意外なことを言われました。

 

審査官の方が6月いっぱいで人事異動により自分の特許出願の審査官から外れて、別の審査官に変更したというのです。

後で知ったのですが、人事異動でも案件は引き継ぐことが多いので、審査途中での審査官の変更は特許庁でも珍しいことらしいです。

 

期日直前での審査官の変更が何を意味するのか分かりませんが、追って新しい審査官からの連絡を待つように言われました。

 

7月19日が返答期限なので、出来るだけ早い日程での面接を希望している旨をお伝えして特許庁からの連絡を待ちました。

 

 

 

 

程無くして新しい審査官の方からご連絡を受け、翌日7月5日の15時30分に面接が決まりました。

 

翌日に面接が決定したことをご報告した“Mさん”から、温かい励ましのお言葉をいただきました。

 

がんばってください。

一応念押しですが、本願発明のポイントは次の点です。

ここに特許性が認められるかどうかで結論が左右されます。

 

 つまり本願発明は引用例のような単なる着脱自在な収納具ではなく、連結部材を介して互いに連結可能な多種多様な表装具の一群全体が発明の構成要素なのであり、この表装具群がユーザーに提供されることで初めて発明の目的を達成することができるのです。この点を審査官に強調して下さい。

 

 

“Mさん”からのメールはいつでも温かく、そして寛容でした。

 

最初は、一人で歩き始めた道が ‘ひとりではない’ そう思えることがこんなにも心強く感じる日がくるなんて思いもよりませんでした。

 

 

 

 

 

 

“Mさん”からいただいた【反論趣旨】と【補正書案】アドバイスを胸に、新しく出来上がったプロトタイプ(サンプル)を持って特許庁の門をくぐって三度目の面接へ向かいました。

 

 

新しく担当になった審査官の方は、人当たりの良い女性の方でした。

 

ご連絡させていただいてから早々の面接日を提案していただいたことへの御礼と、初めてお会いしたことへのご挨拶を済ませると早速、実際の製品を持参していたので、それらを持って説明を加えながら【反論趣旨】と【補正書案】に目を通していただいて、ご意見を伺いました。

 

 

“天か地か” ドキドキの瞬間でした。

 

 

『今回の補正が不適切である、あるいは反論が納得できないという感じであれば権利化は難しいと思います。』

 

 

 

“Mさん” のお言葉が頭を駆け巡ります。

 

 

 

長い沈黙のあとに審査官の方からでた言葉は

 

 

 

『補正案は拒絶理由通知に対する補正の要件を満たしていると思います。』

 

 

反論要旨についても『たしかに、引用例との違いのポイントを明確に強調されているので大丈夫だと思います』とのお言葉を頂きました。

 

 

続けて注意点として、『全てが無駄になってしまうので、期日だけは過ぎない様に提出して下さいね。』とアドバイスいただき、直前での面接を快諾いただいた事も併せて再度御礼を告げて、特許庁をあとにしました。

 

 

 

そしていつも特許庁の帰りに寄っていた日枝神社で参拝と、本日の面接のご報告をしました。

 

 

この時の気持ちは、嬉しい気持ちよりも、少しだけ“ホッ” とした気持ちの方が大きかったです。

 

もしかしたら、特許庁の門をくぐることはこの日が最後になっていたもしれなかったからです。

 

特許取得に向けてほんの少しですが光が差し込んできたように感じていました。

 

【特許取得が絶対目標】としていたのには理由がありました。

 

何はともあれ、首の皮一枚つながったことは間違いなかったので、兎に角 “ホッと” した気持ちと共に、明日から期日に間に合うように明細書の補正をすることを肝に銘じながら、日枝神社の階段から街を眺めていました。

 

 

つづく

 

 

 

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Re-Bone Wallet が出来上がるまで

 

 

 


【Re-Bone Wallet /特許出願編ー11“原点に戻る”<実より名を取るー桜の咲く季節>】

 

 

【Re-Bone Wallet /特許出願編ー11“原点に戻る”<実より名を取るー桜の咲く季節>】

 

【原点に戻る】<実より名を取るー桜の咲く季節>

 

2016年も明けて、12月2日に届いた【拒絶理由通知書】への返答期限まで一か月を切りました。

 

年末年始の慌ただしさも過ぎ去ってしまったと思った時には、1月も中旬に差し掛り

 

‘ハッ’ と我に返った時には、残りの日数に焦りも感じ始めていました。

 

自分なりに考えた拒絶理由の引用文献との相違点や、自分が主張したい要点などを“Mさん”にご一読いただき、それらを踏まえたアドバイスなどもいただきながら明細書を訂正して、どこをどう訂正したか忘れないように書き留めていきました。

 

 

 

以前、お会いした弁理士の方から『〇〇と〇〇と〇〇等』と記載していた箇所について、この “など” だけど審査官から補正が入ると思うよ。といわれていたのですが、案の定補正が入ったので訂正しました。

また、【拒絶理由通知】は、だいたい3つほどの引用文献を引き合いにだして、『引用文献#1の中の一文+引用文献#2の一文+引用文献#3の一文=これらの文献を掛け合わせれば思いつくものであるから拒絶理由とする。』みたいな書き方をするんだよね。

と言われていましたが、まさにそのような感じでした。

 

それらに対して、それぞれの引用文献との相違点を述べられるように請求項(明細書)を補正していくのですが、当初の出願権利を縮小せざるを得なくなりました。

その時に“Mさん” から『名より実を取るという言葉がありますが、特許の世界では実より名を取るということもあります。』といった言葉を頂戴しました。

(この先、どれほど実が削られようと絶対に名を取るんだ!と、決意を新たにしていたことを思い出します。)

 

審査官の方から、補正によって今回の拒絶通知は解消される可能性が高いが請求項を限定することによって新たな拒絶理由(引用文献)が見つかる可能性も示唆されましたが、この時は‘もしかしたらこれで辿り着けるかもしれない’ そんな淡い期待もどこかでしている自分がいました。

 

 

 

“Mさん” の多大なご尽力のお蔭でなんとか一月末ぎりぎりに、【請求項】を全て補正(当然そこに呼応する明細書も全て補正)請求項を7つにして、FAXで審査官のご意見を賜り【補正書】と【意見書】を提出することができました。

 

自分で作成したホームページに別れを告げて、新たにブランディングページ(このホームページです)を製作してもらう為の打ち合わせや写真撮影などをしていたのもこの頃でした。

 

 

そうしていつの間にやら桜の咲く季節となっていました。

 

 

厳しい冬の寒さを越えて新しい命が芽吹くような、なんだか嬉しい季節です。

 

 

 

嬉しい一報が届いたら….そんな淡い期待をどこかで抱きながらも、4月も終わりを迎えようとしていました。

 

 

 

5月になっても特許庁からの郵便物は来ないままに、ゴールデンウィークも終わりを告げると同時に、特許庁ではなく母の入院先の病院から連絡が入ったので急いで病院へ向かいました。

 

3日前に合ったとき、部活をしていた次男の試合が近いことを告げると

『私も頑張るから、試合頑張れって伝えて』と言ってくれていたのですが…

 

子供たち三人に看取られながら母が旅立っていきました。

 

 

 

母の葬儀もすませて ‘ホッ’ と一息ついた頃に “ソレ” は届きました。5月中旬のことです。

 

 

不安と淡い期待の中で開封すると・・・・

 

 

 

2回目の【拒絶理由通知】でした。

 

 

 

 

覚悟はしていたつもりでしたが、この時ばかりはその場に崩れ落ちてしまいました。

 

権利化が一番遠くに感じた瞬間でした。

 

 

でも落ち込んでばかりはいられないので、気を取り直して【拒絶理由通知】に目を通しました。

 

 

引用文献は、今回新たに米国の特許文献3つを含む5つ明記されていたので早速全ての引用文献を特許情報プラットフォームへいって番号検索して明細書を印刷して“Mさん” へご報告しました。

 

今回の拒絶理由と、その根拠となる引用文献がどの程度権利化を阻む可能性があるのかを知りたかったのでプロのご意見を伺いました。

“Mさん” からの返答は、『ざっと目を通した段階だけど今回は強敵のようだが、時間はまだあるのでじっくりと対応しましょう。』と

本件発明と引用文献との相違点を中心に検討しておくようにとお返事をいただきました。

 

実際、【二度目の拒絶理由通知】のうち1つはかなりの強敵でありました。

“Mさん” も『私が審査官でもこの引例を見つけたら同じ理由で拒絶するでしょう』と仰っていました。

 

 

 

気がつけば2か月あった返答期限もひと月を切っていました。

 

なかなか決定的な打開策も見つからぬままに時間だけが過ぎていきます。

返答期限までの残りも数週間と迫っています。

 

 

何度も何度も引用文献を読み直して、その相違点から対抗する手段として “Mさん” と自分が出した答えは同じでした。

 

初めてお会いした時に、ものの数分で “Mさん” から言い当てられた本件の本来の趣旨である “原点に戻ろう” でした。

 

たとえば、今までトレーニングしてつけた沢山の筋肉の鎧を脱ぎ捨てて、Re-Bone Wallet の、本来の趣旨(コンセプト)である “Bone(骨)” <他者との関わり>の部分で勝負しようということです。

 

数十人の弁理士の方にご相談させていただいてきましたが、お会いしてからものの数分でその趣旨を的確にご理解して言葉にされたのは“Mさん”ただ一人だったので、何か運命的なものを感じていました。

 

 

 

 

拒絶理由の引用文献を何度も読み返して、その趣旨を理解して本願との相違点やその根拠などを書き綴って“Mさん”に目を通していただいて、“Mさん”からご提案していだいた補正書案を読んで、意見や拙い質問などのやりとりが続きました。

 

いつの間にやら返答期限の7月に突入していました。

 

返答期限のリミットは “7月19日”

 

気持ちも時間もギリギリの状況でしたが、7月4日“Mさん” から【反論趣旨】と【補正書案】が送られてきます。

 

その時に『ぎりぎりになってしまいましたが、できれば審査官と面接し、補正案の可否につき意見をもらい、以下の反論で納得できそうか感触を当たってみてください。今回の補正が不適切である、あるいは反論が納得できないという感じであれば権利化は難しいと思います。』

そう書き添えられていました。

 

早速その日のうちに特許庁に電話して審査官の方をお願いすると、受付の方から意外なことを言われました。

 

 

つづく

 

 

 

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Re-Bone Wallet が出来上がるまで

 

 

 


【Re-Bone Wallet /特許出願編ー10“最初の拒絶通知”<余命数ヶ月の宣告>】

 

 

【Re-Bone Wallet /特許出願編ー10“最初の拒絶通知”<余命数ヶ月の宣告>】

 

【最初の拒絶通知】<余命数ヶ月の宣告>

 

2015年も12月になるとほぼ同時に “それ” は届きました。

 

送り先を見ると <特許庁> と書いてあります。

待ちに待った審査結果が郵送されてきました。

 

面接時のやり取りから、結果は覚悟していたのでおおよその予想はしながらも(淡い期待をどこかで抱きつつ)開封しました。

 

結果は、やはり【拒絶理通知書】でした。

 

その日のうちに“Mさん”に【拒絶理通知書】が届いたことのご報告をしました。

ある程度の覚悟と準備もしていたので、早速その【拒絶理由通知書】に目を通しましたが、自分の知識だけでは理解に苦しむ箇所も多々ありました。

 

拒絶理由は非常に多岐に渡っていました。

 

●新規性

●進歩性

●拡大先願

●明確性

 

それらの拒絶理由が、ほぼすべての請求項を網羅していました。

 

やはり初めての経験という事と、反論期限が2ヶ月と決まっているので(2ヶ月が経過してしまうと出願の権利が消失してしまい、二度と同じ案件で特許出願はできなくなります)自分も多少の不安と焦りがありましたが、そんな自分の心情を察した“Mさん”から

 

『今回の拒絶理由通知は出願人に補正の機会を与えるためのものなので、記載をよく検討して対応しましょう。』

『提出期限まで2ヶ月あるので、年内に補正案を固め、年明け以降に審査官に送って見てもらうという手順でよいでしょう。』

 

とアドバイスをいただいたお蔭で、気持ちが軽くなり有り難く感じました。

 

 

 

期限は2ヶ月しかなく年が明けた一月中には、審査官が下した拒絶理由を解消して【補正書】(指摘された箇所の訂正)と【意見書】(拒絶された部分はこれで解消されましたよ、といった書類)を提出しなければならないので、拒絶通知書と拒絶理由の先行文献などを“Mさん” にお送りして自分は何度も拒絶通知書を読み返しますが、やはりどうしても直接審査官にお会いして説明を受ける必要があると考え、特許庁に電話して審査官の方に面接の希望を伝えました。審査官の方が面接を快諾してくださったので、早速日程を決めて面接の準備に取り掛かりました。

 

【拒絶理由】それぞれの引用文献を何度も読み返して、引用文献との相違点を、審査官が納得できるように説明しなければなりません。

事前に審査官の方に確認したいことや、自分なりに訂正を加えた【請求項】へのご意見も伺いたいと思っていたのでメモ用紙に書き綴りました。

 

二度目の面接日程をお知らせしていた “Mさん” から、拒絶理由から補正した【請求項】を送っていただきました。(分かりやすく解説も添えられていました)

そして、『面談のときにはとりあえず記載要件(36条)違反をクリアできるかどうか審査官の方と相談してみて下さい。』と添えられていました。

 

“Mさん” からの力強いアドバイスをいただき、いざ二度目の面接へと勇んで出掛けて行きました。

 

この辺から、“素人と玄人の違い” をまざまざと思い知らされることとなります。

 

 

何を、どう表現すれば良いのか言葉が見つかりませんが、稚拙な文章でお許し下さい。

 

“素人”である自分は、“最終的に権利化したい部分”のみを列記し(自分は可能性を広げて記載しているつもりでしたが)ソコのみで勝負しようとしておりました。

そういった形で出願してしまうと、拒絶理由に対し補正するだけの余裕がないので、その時点で手詰まりとなってしまいます。

 

“玄人”である弁理士の方の手法は、その発明の趣旨を理解して出来得る限り権利を広げて出願するのです。そうすることによって、拒絶理由に対して補正するだけの余裕を確保しておくんですね。

 

 

【審査官とのやり取りの中で、どれだけの可能性を残して権利化させることが出来るか?】

正にこの点が、良い弁理士と良くない弁理士の違いであると伺ったことがありますが、その通りなんだと自分も思いました。

 

 

“Mさん”からいただいた補正した【請求項】と自分なりに補正した【請求項】は当然ながら雲泥の差がありました。

 

しかしながら今回の【補正案】では、●進歩性と●新規性はクリアできるが、●拡大先願のおいては認められないと審査官に指摘を受けました。

 

面接でのやり取りなどの一部始終を“Mさん”へご報告した頃には、すでに年の瀬を迎えようとしていました。

 

 

今年一年、大変お世話になったことへの御礼を “Mさん” にお伝えすると、逆に労いのお言葉をいただいて恐縮でした。

 

 

会社の代表を務めていた母の ‘がん’ が発覚したのもこの頃でした。

大腸がんから、肺と肝臓と脳に転移がみられる末期がんで、余命数ヶ月と宣告を受けました。

 

治療方針を医者と話し合いながら自分にも何かできないか、ネットなどでガンのことを調べて、民間療法なども試してみたりもしましたが、見つかったタイミングが遅すぎると医者には言われました。

 

でも母も自分も後ろ向きではなくて、非常に前向きに考えていましたし、そのように取り組んでいました。

 

そして、目標を“生きているうちに特許を母へのプレゼントすること”と位置付けて、特許取得へ更なる誓いを立てました。

 

 

2015年12月の終わりのことでした。

 

つづく

 

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